新日本熱学株式会社 ┃ 熱を学び未来を創る。

会社情報

新日本熱学の歴史
 
1935

「合名会社スラッグウール工業所」として福岡県八幡市に創業(資本金2万円)

創業開始時、資本金2万円、社員は職員・作業員あわせて約17名でした。

当時の主力商品 右の写真は、昭和10~11年当時の主力製造であります。
左は菱エス印防熱帯、右は菱エス印スラッグウールボ
ードです。

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1949

「株式会社スラッグウール工業所」と組織変更(資本金270万円)

1950

本社所在地を福岡県八幡市前田1丁目に移転

前田メタルラス工場《1951》 1951年11月にメタルラス機及び研磨機を購入し、メタルラスの製造を開始。
当時メタルラスを大阪地方や吉川工場所から購入していましたが、その時々
の相場に左右され思うような仕入れができないのと、メタルラスの製造を行
っている同業者が少なかったため、自社製造に踏み切りました。

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1962

資本金を3000万円に増資

鉱滓綿吹付工法《1964》 この年、鉱滓綿吹付工法による初の断熱工事を施工する。
鉱滓綿の新しい利用法としての「吹付工法」を当社でも研究を続けていたが
新鋭吹付機を購入し営業をスタート。
神奈川県相模原市に建設された八幡製造建材研究室研究棟の屋根部断熱工事
をこの「鉱滓綿吹付工法」で行い、人工地震による過酷なテストにも異常な
く大成功を収めました。

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道頓堀川両岸一帯のグリーンベルト工事《1967》 大阪建設局よりグリーンベルト工事を受注。
この工事は道頓堀川両岸一帯に植生工事を行い、一年中青々とした緑の芝生
を保とうという難しいもので、特に保水については我社独自の技術を駆使し
て完成させました。

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1969年9月13日には、当社の「ミネロックファイバー」で南極においての野菜栽培が成功。第十次南極観察隊により感謝の電報が大阪営業所へ届きました。

煙道保湿工事《1973》 1973年3月、旭硝子で開発されたFRV(硬質塩化ビニール樹脂にガラス長繊維
を加えて補強した強化プラスチック)積層プレートを使用。
施工後の外観も鉄板外装に比べて綺麗な仕上がりで、好評を得ました。

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1979

新日本製鐵化学工業株式会社が資本参加
資本金8000万円に増資

1980

本社を福岡県北九州市八幡西区夕原に移転

本社移転《1980》 1980年11月21日、本社を福岡県北九州市八幡西区夕原に移転しました。

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1991

大紀熱工業株式会社に資本参加

1998

「新日本熱学株式会社」と商号変更(大紀熱工業株式会社と合併)
資本金3億8000万円に増資

2004

本社所在地を福岡県北九州市戸畑区中原46-80に移転

2005

ニチアス株式会社のグループ会社となる

2015

会社創業80周年、ニチアスグループ10周年を迎える

2020